第15回清少納言にたずねよ

本日2月28日は「エッセイ記念日」なのだという。エッセイストの元祖とされるフランスの哲学者ミシェル・ド・モンテーニュの誕生日に由来するらしい(エッセイという言葉も彼の著作『エセー』に由来する)。一応このコラムもジャンル分けすれば「エッセイ」に大別できるような気もするので、ここはひとつ襟を正してエッセイらしきものを書き連ねてみたい。
しかし、改めてエッセイを書こうと思うとまた悩ましくもある。そもそも「エッセイ」とは何ぞや。何がエッセイをエッセイたらしめているのか。調べてみると、どうやら日本語で云うところの「随筆」にあたる文学ジャンルにあたるようだ。日々の暮らしの中で見聞きしたもの、経験したことに基づく知見や思想をまとめた散文、であるらしい。この「随筆」という文学形式に置き換えてみると、この国での「エッセイ≒随筆」の起源は清少納言先生の『枕草子』ということになる。長保3年(1001年)にはほぼ完成していたようで、約1000年前には日本に随筆というジャンルの萌芽が見られたということになる。先人、凄すぎる。
奇しくもこの『枕草子』、宮仕えをしていた清少納言の日常なので、舞台はほとんど京都なのだ。すなわち、(めちゃくちゃざっくり)言わば『京にすめば・平安版』。最近ネタ切れ気味なのか「寒さ」の話ばかりしている筆者だが、枕草子からエッセイのヒントを学ぶことができるのかもしれない。

宮中で起きたさまざまな出来事や感じたことを記した段も数多くあるが、全三百段ある枕草子のなかでもやっぱり有名なのは一段「春はあけぼの」の一節。これは「類聚章段」と呼ばれ、「〇〇と言えば■■」のような形で、〇〇で挙げたものに該当する■■を列挙するかたちの文章である。なるほど、確かに身の回りのことを書き連ねるばかりでなく「春と言えば明け頃ですよね」のような書き方でも確かに共感を得られそうだ。「春は~」の一段以外にも、類聚章段はたくさんある。
例えば二十六段『たゆまるるもの』では「ついついたるみがちなもの」が挙げられる。ひとつは「精進の日のお勤め」。仏道修行の緊張感は長続きしないらしい。次に挙げられる「先の予定の準備」は確かに先延ばしにしがちで、現代人にとっても耳が痛い。また「長期間お寺に籠もる」ことも途中で怠けてしまうもののようだ。
一二七段『はしたなきもの』は、現代語で言うところの「間の悪いもの」。一気に紹介すると、「自分が呼ばれていないのに振り向いてしまうこと」「子どもが本人の前でうわさ話を喋ってしまうこと」「悲しい話に泣けなかったこと」。どれも自分に置き換えると嫌な汗をかきそうなバツの悪い出来事である。
そして一四八段は『名恐ろしきもの』で、これは「名前が恐ろしいもの」。ここで挙げられているのは「雷(いかずち)」と「泥棒」で、これまた確かに現代人にとっても「怖いもの」ではあるのだが、清少納言の感覚ではその名前までもが恐ろしいようだ。

こうして見てみると、1000年近く昔に書かれた随筆とは思えないぐらい、現代に生きる自分たちと清少納言の感性は近いものだったのだと感じる。例えばこの文章が1000年後の人類に読まれたとしたら……?途方も無すぎて全く想像がつかない。いや、人びとの感性というものは、1000年程度ではそんなに大きく変わるものじゃないということなのかもしれない。なんせ、1000年前の人びとが華やかな京の暮らしに憧れたのと同じように、僕自身も京都の魅力に導かれて来たのだから。

清少納言にたずねよ
筆者・ヨウイチ