長野訓子

刺繍家

長野 訓子

Nagano Kuniko

不思議な形の植物を刺繍する刺繍家。
銅版画家、テキスタイルデザイナーを経て家業の刺繍業を始める。刺繍家として、身につけることのできる小さな作品から百貨店のウィンドウを飾る3mもの大作まで「刺繍でできること」を模索しながら幅広く活動中。
2015年に立ち上げたアクセサリーブランドga.la(ガラ)は「植物のもつ生命力の形」をイメージし、描いた線を日本の色を意識した色どりの刺繍糸を使い機械刺繍で表現したアクセサリー。
植物を描き続ける中で、植物の持つ美しさ、力強さの中にある生命力を多くの人に伝えられる作品作りを目指している。

長野訓子

失われつつある植物の姿を刺繍で描いたシリーズ『刺繍植物図鑑』。
躍動感のあるタッチで植物たちの持つ生命力を大胆に表現するのは、刺繍作家・長野訓子さん。前回第一弾として取り上げた「オグラコウホネ」に続く第二弾は、伊吹山のみに生息するアザミの固有種である「コイブキアザミ」です。今回、その伊吹山に実際に足を運んでのフィールドワークに同行させていただき、長野さんご自身のものづくりの姿勢や『刺繍植物図鑑』というシリーズに込められた想いなどについて、お話を伺いました。

作品を通じて生まれる
コミュニケーション

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作品を通じて生まれるコミュニケーション

作品を通じて生まれるコミュニケーション

刺繍を家業とするお家に生まれた長野さんは、幼いころからデザインやアートに触れ、大学では版画を専攻し、卒業後はテキスタイルデザイナーを経て家業の刺繍業を継ぎました。刺繍作家としての活動は20年近くになるとのこと。

刺繍作家としての最初

「学生時代は京都にある短大で銅版画、卒業後はテキスタイルプリントの会社に就職、25歳で家業の刺繍業に入ってミシンや刺繍ソフトの使い方、糸の扱いを覚え、同じ時期に夜間のファッション専門学校で立体裁断や洋裁の基本など布に関する知識・技術の基礎を学びました。30歳になる頃にどうしても個人で作品を発表する機会を持ちたくて。少ないつてを探して京都のギャラリーを借りて個展をしたのが刺繍作家としての最初かな。」

アトリエ ニコ

個展やグループ展を開催していくごとに、長野さんの刺繍作家としての活動の幅も広がっていきました。自身が主催する刺繍のデザイン企画室『アトリエ ニコ』では企業との取り組みから生まれるプロダクト作品にも精力的に取り組んできました。アートとしての作品をつくる機会も増えていき多忙な日々を送る中で、長野さんが幅広いものづくりを続けている理由はどこにあるのでしょうか。

「(作り手にとって)ギャラリーの中でだけ見てもらえる作品をつくる喜びと、市場に出てたくさん並んでいる中から選ばれて手に取ってもらえるものを作る喜びと両方があって。どちらも魅力的だけれど、より多くの人たちと『作品を通じてコミュニケーションが生まれる』っていうその過程がものすごく楽しい。」

確かに、芸術作品と生活雑貨とではそもそも用途が異なるもの。作品に対して心が惹かれるポイントや入手したいと思う動機もまた違う種類なのかもしれません。その一方でやはり、その両方を貫いている軸は「ものづくり」を通して「人」が好きだという気持ちに表れているようにも思えます。

もちろん、楽しいことばかりではない、と長野さんは語ります。スケッチを描くのは楽しいけれど、それを図案にする過程や機械での刺繍には大変な部分も多いのだとか。また、自分の作品と向き合うなかで心がしんどくなることも。しかし、長く刺繍と向き合っていくなかで次第に意識も変わっていったのだそうです。

次の新たな目標

「自分の作品に自信が持てなかったり、人がうらやましくてコンプレックスを抱えていた時期もあるけど、最近では考えても悩んでも埒の明かないことは、いったん思考をストップして「考えない」ことで頭がクリアになってくる——という技術を身につけました。(笑)」

そう朗らかに語る長野さんに今後の展望について伺うと、「ここしばらくバタバタしている期間が続いていたので、来年にかけては時間をかけて腰を据えて、ものづくりに取り組んでいきたい」とも。そのまっすぐなまなざしは、すでに次の新たな目標に向けられていたのでした。

小さな個性と小さな気づき

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小さな個性と小さな気づき

小さな個性と小さな気づき

オリジナリティ溢れるテキスタイルデザインでご好評いただいている『刺繍植物図鑑』。そもそもどのようにして「失われつつある植物を刺繍に残す」というコンセプトが生まれたのでしょうか。

ga.la(ガラ)

「もともと自分で主催してる『アトリエ ニコ』とか、そこから立ち上げたアクセサリーブランドの『ga.la(ガラ)』なんかでつくってるものも植物モチーフが多いんだけど、なんとなく「植物らしい」感じのデザインで。それは可愛さとかわかりやすさのためのデフォルメでもあるし、抽象的な形にすることは必要なことなんよね。もともと直線的な絵はかけないし曲線で構成するのが好きで。」

テキスタイルデザインへの落とし込みやすさ、描きやすさ、という観点で植物モチーフを制作の軸に置いている長野さん。

絶滅危惧植物が背景に持つストーリー

「今回(PLAYCOURTで)新しいことをしよう、というお話があって何をしようかと考えたときに、前から描くテーマにしてみたい、と興味があったのが『絶滅危惧植物』だったのね。」

昔当たり前にそこにあったものが、少し人の手が加わったりするだけで消えてしまう。アザミにもコウホネにもいろいろな種類があるけれど、その種類にしかない特徴(個性)を皆持っていて、その種類が無くなってしまうと当然、もうその特徴は見られない。その環境に合わせた派生の仕方や細かい特徴の持ち方というのは、動物や人間と同様に、植物にも当たり前に備わっているもの——そんな、絶滅危惧植物が背景に持つストーリーが、長野さんを惹きつけたのだそうです。

新しい取り組みだけに苦労もありました。

コイブキアザミ

「今までと違って、この植物っていう特定のテーマが決まっていたから、茎や葉、花びらの形とかをどこまでデフォルメさせるのか、デザイン性と写実性のバランス感覚が難しかったかな。今回やったらコイブキアザミの特徴をちゃんと残しつつ、アイテムとして身に着けたときのかわいさも両立しないといけないから。あと、見た目の忠実性と同じくらい植物の生命力とか勢いも表現したいし。」

デフォルメされた植物のデザインは美しくかわいく整えられたものですが、実際によく観察してみると、その奇抜なかたちや独特な色味などに驚かされました。そしてまた、長い長い時間をかけて環境に適応して変化させてきた生命力も併せ持っていました。今回新たに第2弾として登場したアイテムからも、希少植物の持つ小さな個性の美しさとその息吹を感じられることでしょう。

刺繍植物図鑑

最後に、この『刺繍植物図鑑』というシリーズの意義について、長野さんがお話してくれました。

「分類することで見えてくるものもあるんやな、それもまたおもしろいな、と思いました。コイブキアザミという名前ひとつで、『普通のアザミとは違うのかな?なにが違うのかな?』とか。
一部の地域にしか生きられない植物がいる、その環境が変われば絶滅してしまうことになる。
このシリーズが小さな特徴(個性)の違いに気づく、小さなきっかけになればいいかなというぐらいに思っています。」

アイテムを通じて一人ひとりの環境保護の意識を高めるまでのことは、実際には難しい。それでも、さまざまな事情で、数を減らしている植物たちがあるんだな、という「ちょっとした気づき」にでも繋がればいい——世界の見え方をほんの少し変えてくれるのは、一本の縫い糸なのかもしれません。