kijinichijo

テキスタイルデザイナー

kijinichijo

2012年4月、兵庫・篠山にてセレクトの生地販売店として『生地屋日常』を設立。2013年より、オリジナルデザインのテキスタイルブランド『kiji nichijo』に名前を変えて生産開始。

以後、雑誌やwebメディアへの掲載や、イベント出展などで県内外から人気を集める。2018年3月に京都で開催された『布博』への出展を最後に、現在は活動休止中。

kijinichijo

ストーリーが感じられる印象的なパターンと豊かな色彩感覚で、幅広い層から注目を集めるテキスタイルブランド『kijinichijo(キジニチジョウ)』。
2018年3月からは、惜しまれつつも無期限の休業期間に入っておられます。
清水さんのお話から、「仕事-生活-日常」の関わり合いについて、思わず考えさせられてしまうインタビューです。

まずはやってみる。

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7月のよく晴れた昼下がり。兵庫県篠山市から、テキスタイルブランド『キジニチジョウ』の清水さんご夫妻が3人のお子さんたちを連れて、京都までお越しくださいました。

篠山と聞いて思い浮かぶのはやはり、名産品の黒豆に8月のデカンショ祭、そして……豊かな自然。

どうしても「田舎」というようなイメージがあり、京都まではるばるすみません……という気持ちになってしまうのですが、実は都市部へのアクセスがよく、京阪神のいずれの街にもおよそ1時間~1時間半ほど車を走らせれば辿りつけるのだとか。

清水さん

「住まいは篠山ですけど、週末は実家のある神戸や大阪まで買い物に出かけたりしますよ。やっぱり都会は便利ですね(笑)」

そう朗らかに語る清水さん。篠山での暮らしは今年で7年目になります。

「篠山は自分たち以外にも都市部から拠点を移して活動するいろんなジャンルのクリエイターたちが集まっていて、とてもおもしろい場所です。毎年10月末~11月頭に開催される『ササヤマルシェ』というイベントは、毎年市内外から数多くのクリエイターやショップの出展があってとても盛り上がるので、ぜひ来てみてください」

もともとはアパレル業界で働いていた清水さん。働いていた神戸で好きだったカフェの姉妹店があるということで篠山を訪れたのをきっかけに、その穏やかな土地柄に魅了されて移住を決めたのだそうです。

移住にともない職を変えるというタイミングで以前から興味のあった布を扱う仕事をしようと、残反(質はいいものの大量生産には向かない生地)屋さんで変わったデザインや珍しい柄の生地や端材を仕入れて販売する、『生地屋日常』をオープンしました。

「お店を開くと決めてからは早かったですね。什器についても基本的に手づくりで進めていきました。これぐらいの大きさの布をどれぐらい並べるから、このサイズの棚がいくつ必要だなってことを考えて、板を買ってきて組み立てて(笑)」

決断力と行動力を武器に、新天地でゼロから生地屋としてのスタートを切った清水さんご夫妻。しかし、やがて一つの大きな壁に直面します。

お二人

「だんだん布の工場が潰れたりして、残反自体が少なくなっちゃって。無難な柄や定番のパターンばかりで、おもしろいデザインのものがなかなか手に入らなくなってしまったんです」
篠山という立地もあり、ボーダーやドットなど普通のデザインではなく、なかなか見かけないようなテキスタイルを扱いたかった清水さん。

「田舎でやっている以上(お店に来てもらうためには)やっぱり特徴は必要だし、『無いもの』をつくらないとな、と思っていたので。自分でデザインしてしまおうと」

なんと、デザインについても全く知識や経験のないところから独学で始めたのだとか。しかしキジニチジョウのテキスタイルデザインは、どれもオリジナリティや遊び心に満ち溢れたものばかり。定石やルールに囚われない姿勢が、魅力的な作品づくりに繋がっているのかもしれません。

テキスタイル

そんな清水さんの自由で独創的なテキスタイルデザインはいずれも、プランターから落ちた朝顔の花や、篠山城のお堀にいる鷺と鵜の群れなど、篠山の風景や暮らしのなかでの気づきをヒントに生み出されています。

「やっぱり極力シンプルにしたいとは思うんですが、いかにデザインとして付け足すものを少なくして独自性を持たせられるか、ということを考えています。(デザインの軸としては)色の組み合わせや模様の大きさ、面積あたりの絵柄の量とかも気にしますね」

シンプルかつ、ユニークに。清水さんの感性で切り取られた日常風景が、ありそうでなかったかたちとしてデザインに落とし込まれているのです。

仕事と暮らしと日常と。

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仕事と暮らしと日常と。

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店内

現在(2018年7月)、キジニチジョウは実店舗の営業およびテキスタイルブランドとしての活動を休止しています。多くの人に惜しまれながらも暖簾を下ろすという決断に至った経緯を伺いました。

「そもそも篠山に移住を決めたのも、神戸で子育てをしながら日々忙しく働くなかで、もう少し『日々の暮らし』を見直したほうがいいんじゃないかな、と思うようになったからなんです。環境を変えるんだから、仕事もちゃんと家族で過ごす時間を大事にしようと考えて、自宅で働ける自営業という形を選びました」

煩わしいことや悩ましいことを抱えながら生きていくなかで、何よりも大事のは日々の暮らしや変わらない生活――「日常」に感謝する気持ちを忘れてはいけない。『キジニチジョウ』という名前は、そんな清水さんの想いから名づけられました。

しかし、上は小学5年生から下は2歳まで3人のお子さんを育てながら、お店を開けたり各地のイベントに出展したりを繰り返していくうちにまた、ひとつの葛藤が生まれます。

仕事と暮らし

「キジニチジョウを続けて忙しくさせてもらってるうちに、また仕事が生活の中心になっていることに気付いたんです。これじゃあ神戸で働いているときと変わらないな、と思って。それに、まだ小さい子どももいて、体調を崩した時にはお店を開けられない日もあるという中で、仕事として続けていくのは難しいなということもあり、改めて暮らしを見つめ直してお休みをいただくことに決めました」

一生懸命にはたらくことと、日々の暮らしを大切にすること。このふたつのバランスを取るのはとても大事で、とても難しいことです。キジニチジョウとしての活動を休止されていることはどうしても残念に思ってしまいますが、同時に「日常」ということばを名前に掲げているブランドの決断として、すとんと納得できるような気もします。

そして、清水さんは現在篠山のガラス工場に勤務されているとのこと。キジニチジョウを再開するかどうかは未定だそうですが、今なお製作の現場に立ち続ける清水さんから、作家としての情熱をひしひしと感じたのでした。PLAYCOURTでは引き続き、清水さんとのものづくりに取り組んでいきます。